2011年5月23日月曜日

モナリザの遺骨調査(3)

 1956年頃には酸による浸食で下部に著しい損壊が生じ、数ヶ月後には石を投げつけられたことから、『モナ・リザ』は現在のような防弾ガラス付き防犯ケースに収められました。また、絵は木の板に描かれているためケース内部は湿度、気温ともに管理されるようになりました。

 1962年、アメリカ合衆国へと貸し出され、ニューヨークとワシントンD.C.で展示されましたし、日本でも1974年に東京・上野の東京国立博物館で展示されました。

 1910年には、絵画や彫刻などの美術品を傷つける犯罪が相次いでいた発生しましたので、保護ガラスでできたガラスケースに収める決定がなされました。しかし、その一年後の1911822日、ルーブル美術館から『モナ・リザ』が盗み出され行方不明となりました。関与が疑われた詩人ギヨーム・アポリネールが逮捕され、さらに友人パブロ・ピカソも逮捕されましたが、1週間後に釈放されました。

『モナ・リザ』が行方不明となって2年後の19131212日に、保護ガラスを取り付けた職人であったヴィンチェンツォ・ペルッジャ(Vincenzo Peruggia)という男によって、フィレンツェの画商に売られようとしたところを発見されました。

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