マラソンの瀬古利彦氏と中山竹通氏は、ライバルでした。瀬古氏は非常に几帳面で、計算尽くされた走りをしたのに比べ、中山氏は、才能的には、遜色がないと思うのですが、マラソンの戦歴では、かなり差がついています。絶好調の時も余裕があり過ぎて、優勝は出来ずに3位か、4位に終わり、がっかりしたものです。瀬古氏は、35キロ地点まで、肩を並べて走りますが、最後は、必ず勝ちました。中山氏は、たしかダイエーにも在籍したことがあると思うのですが、1988年のソール五輪では、誰もが認める「金メダル」の最有力候補でした。しかし、ボルディン、ワキウリ、サラに破れて、6秒差の4位でした。バルセロナ五輪でも2秒差の4位でした。勝負に対する執念が少し甘いように思ったものです。
その中山氏の息子の卓也氏(19歳)が、父がライバルだった瀬古氏の母校の早大競走部に入っています。そして、正月の箱根駅伝を走るようです。スポーツの世界は、世襲はありませんが、まわりの環境がいいのでしょう。スポーツは、母の遺伝子を嗣ぐことが多いので、卓也氏のお母さんもスポーツをやっておられたのでしょうか。父の遺伝子のみでは、なかなか一流にはなれないようです。この例では、すぐに長島一茂氏を思い出します。
いずれにしましても、中山竹通氏のマラソンランナーの血が、卓也氏につながっているか、箱根駅伝はその確認が出来、楽しみです。2区か3区を走ると、父親を彷彿する走りを見せてくれるかもわかりません。
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