2012年8月8日水曜日

ジョン・ウェインはなぜ死んだか(25)

 ここには、常識の通用しない厚い壁がありました。発癌の原因が放射能にあることを、裁判所でひとりずつ個人が医学的に証明しなければならないのです。ところが発癌の因子としては、放射能のほかにもタバコがあり、農薬があり、さまざまのウィルスがあります。発癌するまでの長い生活のなかでは、一体どれが犯人であったかを実証することは、われわれの想像するよりはるかに困難でした。たとえばジョン・ウェインやユル・ブリンナーはタバコを喫っていたから、として除外する人が多かったのです。だがこの消去法を使って放射能の被害者をゼロにしてゆく方法は、医学界では認められていません。タバコを喫う人は、原爆が頭のうえに落ちても放射能の影響は受けない、というとんでもない理論を生み出すからです。

このような特定の地域集団あるいは職業集団にかたまって被害者が発見されるケースでは、
疫学的に統計を取り、その異常の原因を追跡します。その結果、これらの集団に共通する不自然な因子を発見できれば、それを発病の原因と断定しなければなりません。これが今日の、近代医学の基本的考え方です。

わが国では、水俣病の判決がその考えを適用した代表的な一例です。この場合には、水銀以外の原因ですでに重い病気にかかっていた人も、水俣病と認定しなければなりません。
放射能とタバコの関係でも、同じ原理が成り立ちます。核実験のために仮に発癌率が7倍になったとします。ヘビー・スモーカーであるために仮に発癌率が7倍になるとします。ジョン・ウェインがこの両方の影響を受けたとすれば、7倍×7倍=49倍、という大変な発癌率に達するのが厳正な医学の教えるところです。

10人に4人”の癌死亡率は、論争の余地のないほど異常な高い数字となっています。
第一審では住民の訴えが認められました。しかし最高裁までの道のりは遠く、アメリカのなかでは、“西部のイナカ者”とされてきた3州住民が最後に切り捨てられる危険性も残されていました。上級審になるほど、司法界が政府に近づき、司法長官から直接の圧力を受けるからです。

本書をタイプライターで英文に翻訳し終えたのは3年前でしたが、アメリカの出版界はこれを拒絶したといいます。

「センセーショナルすぎる」
これが反応でした。
本書の資料は、皮肉にもアメリカ人が刊行している“映画雑誌”と、アメリカ政府の“映画記録全集”と、原子力エネルギー委員会の“内部レポート”を集大成したものでした。
 オープンな感じがするアメリカでもこのとおりです。閉鎖的な日本では、なおにむつかしかったのでしょう。わたしが、この本を知ったのは、佐高信の本の中でした。多くのひとに読んでいただきたいと思います。

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