2012年4月6日金曜日

日本一の幸福者、本多靜六の人生の秘訣(15)

昨日からの続きです。

20.集中力の前に不可能なし

山林学校(現在の東京大学農学部)1年生のとき、本多は自殺を決意したいことがあった。幾何と代数ができなくて落第点をとったので、恥ずかしくて郷里へ帰ることもできず、親に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。それで、自殺を決心したのである。

草木も眠る丑三つ時、本多はひそかに故郷に別れを告げて、寄宿舎の裏に出た。物寂しい藪の陰には、古井戸が口を開いている。そこに本多は身を投げた。

しかし、米搗きで鍛え上げた片腕が中途にあった井げたに引っかかって離れかなった。離れないので、思い直した。

その後、「幾何や代数の例題一千集」という本を一心不乱になって3週間ばかり勉強していたところ、どんな難問もたちまち解決できるようになり、「お前は幾何の天才だ」と、先生から褒められるまでになった。

ゲーテの本に「天才とは努力のことだ」と書いてあるとおり、何人も事を貫徹するだけの努力すれば、かなりのことができる。

仕事に専心するには、まずもって時間を厳守しなければならない。出勤はだれよりも早く出て、帰りは定刻を過ぎてもその日の仕事を片付けて帰ることにする。

「仕事さえ進めば遅く出勤しても構わない」「その日の仕事を終えれば定時前でも退出してよい」「時間前に片づけて時間の来るのを待っている」などといった考え方や態度は決して褒められたことはない。

先人の次の言葉を併せて紹介したい。

早く行きて待つことあればいさぎよし遅れて急ぐ道は危うし(義経)

わたしは常に「15分前主義」を守ってきた。わたしを「今の私」たらしめたのはこれである(ネルソン提督)

人生はきわめて長い。急いでも急いでも急ぎきれない旅路であるから、そのときどきの行程を楽しみつつ、勉強道楽、職業道楽をしつつ、ゆるゆる途中の眺めも鑑賞して行くのがよい。そのほうがかえって疲れずに、歩みも大いにはかどるものである。

無駄と余裕は決して同じではない。

余裕には余裕としての立旅な目的もあれば効果もある。回り道をしても名高い滝を見るのは余裕であるが、持ち帰れもしない谷百合を折りに叢を分けるのは心ない無駄である。

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