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蘇州城内の伍子胥像. |
「范蠡の釈放は、すでに決めたことだ」
夫差は冷たく言い捨てた。
「勾践を許すときの約束でございましたぞ」
と、それでも伍子胥は詰め寄った。
彼の怒りは、あるじ夫差の心に、ふしぎな喜悦を導いた。
「勾践と范蠡の主従を、分離するという方針であった。しかし、勾践はたびたび呉に来て参内しておる。勾践は一年の半ばを呉と越ですごしておるのだから、范蠡をどちらに置いてもおなじではないか」
「おなじではございませぬ。越に放てば、手が届かなくなります。虎を放つようなものです」
「越はわが属国ぞ。どこにも手は届くわ」
「越では国もとの大夫種が、兵を訓練しているということです」
「知っておる。呉国に危急のときに、援兵を出せるように、兵を調教しておるそうじゃ。おまえは、くどいのう。敵はいつまでも敵ではない。恩恵を施すことによって、誰よりも頼りになる味方にすることもできるのだ」
閨房のなかで、西施がこれに似たことを申しておった。真似ているのではない、二人の心はひとつなのだから、おなじことを口にするのは当然だ。
「甘すぎますぞ」と、伍子胥は声をあらげて言った。
「ものごとは、ほどほどがよいのじゃ。わしにはのう、死屍に鞭うつような真似はできぬ」
さすがにこれには伍子胥も返す言葉がなかった。
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