昨日からの続きです。郷原氏は、「ただおもしろいことに、この議決書の『犯罪事実』を見ると、石川議員の起訴状の犯罪事実と非常によく似ている。石川議員の起訴状に、一部加えて、一部削除していますが、それ以外はほとんど同じ表現です。起訴状を切り張りしている過程で、間違って『4億円の収入の不記載』の記載が残ってしまったのかもしれません。
そうだとすると、この犯罪事実は、審査会で議決した犯罪事実とは異なっているということになります」と書いています。今回の補助弁護士の手抜き(?)が見えてきます。
郷原氏は、次に「この起訴議決で前提として政治資金規正法の解釈が、まずおかしい。収支報告書の記載の正解性について、責任を負っているのは『会計責任者』です。だから、一義的には、会計責任者が正確に記載すべきところ、虚偽の記入をしたというのが『虚偽記入罪』の守備範囲となります。その共犯は、何らかの積極的関与、指示、働きかけなどが必要だというのが、少なくともこれまで刑事事件の実務で前提とされてきたことです。
また、10月6日の読売新聞によれば、補助弁護士が審査員たちの『共謀』について説明する際、〈暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例〉などを例に挙げたといいます。これが事実とすれば、とんでもない話です。
政治資金収支報告書の虚偽記入というのは、政治資金の処理手続きの問題で、だからこそ、会計責任者に第一的義務が負わされています。そういう政治資金規正法違反の共謀と、拳銃の所持についての組長と組員との共謀のケースなどは、明らかに違うわけです」と補助弁護士の不適さを指摘しています。
さらに、一つの問題は『供述の信用性』についてです。
検察審の理論展開についても言及しています。「こんな論理を展開するのです。〈5年ほど経過した時点である上、(中略)そのときのやりとりや状況で特に記憶に残るものがなかったとして、何ら不自然、不合理ではなく、本件では、細やかな事項が情景として浮かぶようないわゆる具体的、迫真的な供述がなされている方が、むしろ作為性を感じ、違和感を覚えることになると思われる〉と検察審査会では、挙げています」。
郷原氏は、「具体的も迫真性もなくて、フワフワと書いてある供述のほうが信用できるというのは、まったくあべこべの論理です」と述べています。
唯一、まともなことを言っている部分は、最後の「まとめ」にある、〈国民は裁判所によって、本当に無罪なのか、それとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものである〉という点です。
要は、よくわからないが、疑わしいと思われる事案の最終判断は、裁判所に委ねるということを意味しています。
結論として、郷原氏は、「現時点で軽々しく『政治的責任を取るべきだ』『議員辞職すべきだ』『党として除名すべきだ』と声高に叫ぶのは、今回の検審制度の趣旨にも合わない。こんなことを言っている人は、法的センスも見識も疑われます」と書いています。郷原氏は、東京特捜部に在職していた弁護士で、今回の一連の小沢氏の件では、もっとも感情的にならず、冷静な意見を述べているように思いました。あの田原総一朗氏のテレビ番組(最近はテレビ朝日の朝まで生テレビなど)に出ての発言からそう感じました。
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