![]() |
管仲像 |
管仲は糾の守役に徹した。糾もすばらしい才能を持った若者らしい。
管仲は鮑叔牙に
「斉の国は太子の諸児ではもたないが、糾か小白のどちらかが国主になるようにお互いに補佐しよう。どちらが国主になっても助け合おうではないか」と言い、強く手を握った。
国主の僖(き)公が死に、太子の諸児が斉の国主となったのは、紀元前697年であった。これが襄公であった。
襄公が立って4年、魯に嫁いだ文姜が夫と一緒に斉に里帰りした。斉を出てから15年がたっていた。襄公は欲望を抑えられなかった。15年も会っていないので、想いは一層募っていた。襄公と桓公夫人の文姜は、愛し合った。魯の桓公はさすがに気付いた。
桓公は烈火のごとく怒った。
「犬にも劣るやつめ!」と、妻を足蹴にした。
文姜は襄公のところに逃げ帰って
「お兄様、助けてください。文姜は殺されます」
「殺される?それなら、こちらから殺してやろう」
と、こどもの中で力自慢の彭生に魯の桓公を殺すように命じた。
彭生は人間を殺すことにかけては、天才的であった。傷もつけずに桓公のあばら骨をへし折って殺した。
0 件のコメント:
コメントを投稿