2012年7月8日日曜日

ジョン・ウェインはなぜ死んだか(11)


広瀬隆氏の標題の本によるものです。
一方、ソ連である。B期間直後の1960年、米国のU2型機がソ連の領空に侵入し、チェリャビンスク近くで撃ち落されるということがありました。なぜ、米国はこのような危険な飛行を試みたのでしょうか。
それは、チェリャビンスク地域に起こった巨大な放射能汚染の調査であったといわれています。
これについては、後日、ソ連科学者のメドベージェフが論文を発表しました。しかし、かれはソ連からは、精神病者として強制収容されました。
チェリャビンスクには、中禅寺湖ほどの広さを持つふたつの湖があり、湖全体から、ストロンチウム90などがぞくぞく検出され、1000億リットルの湖水がすっかり放射能づけになっていました。
湖の鯉、スズキ、カマスからも異常な放射能が出ていましたが、興味深いのは、水中の放射能に比べて体内放射能が平均1300倍の濃縮度を示し、最高4200倍になりながら、魚が湖水のなかを泳ぎまわっていた事実でしょう。
スリーマイル島の事故のときに鳥がバタバタと空から落ちました。鳥は、最も被害を受けやすい動物といわれています。
第二次大戦が終わった翌々年(1947)、ソ連では、プルトニウム生産用の大型原子炉が南ウラルで運転を開始したが、これらの原子力施設はすべて囚人によって建設されたものでした。たとえば、放射能生物囚人研究所という無気味な名称の機関もありました。

ごくわずかのプルトニウムが排水の中に含まれてしまうことは、現在でも技術的に避けられません。近代科学最高水準のテクノロジーをもってしても、“1000分の5”のプルトニウムは技術者の手から縄ぬけしてゆきます。このわずか05%のプルトニウムでさえ、わが国の場合でも、原子力発電所の総量から計算して1年でヒロシマ・ナガサキ級の破壊力を持つ原爆数個分のプルトニウムが廃棄物の中に入ってしまう勘定になります。
その液体が漏れた場合、地面に吸いこまれ、特定の深さのところで、特定の部分に、プルトニウムだけが異常に密集してくる現象が起ります。その密集したプルトニウムがひとつの塊になり、一定の量(連鎖反応の臨界量4キログラム)に達すれば核爆発を起こすといいます。プルトニウムが泥のなかに集まってくる、集まれば過熱してくる、過熱すれば濃縮される。濃縮が限度に達し、遂に土中で原爆が炸裂し、冬期に50センチもの厚さに凍りついた土を破って、空中高く噴出しました。

これが、メドベージェフの仮説のなかの、ひとつに過ぎません。メドベージェフの“爆発仮説”とまったく同じ事態が、米国のハンフォード再処理工場でも発生し、ナガサキ原爆100個分のプルトニウムが地表に蓄積され、危険な状態になっていました。
事故から30年を経た今日、一帯の住民にはおそらく、膨大な数の癌患者と白血病患者が発生しているはずです。だがここで言えるのは、“はずだ”という推論にすぎないと語っています。
西側諸国は、むしろメドベージェフの推理に激しい攻撃を加えています。
メドベージェフは、反体制ではあっても反ソ的な面を持たない。むしろソヴィエトを愛している。その科学者が故国の悲劇を伝えようとした時、なぜ西側の原子力関係者がメドベージェフに攻撃を加える必要があるのでしょう。
「東側と西側を問わず、これは都合の悪い事件である。原子力発電の廃棄物が重大な問題となっている時代に、大事故を暴露されてはまずいだろう」

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