2014年9月2日火曜日

「十八史略(22)―鮑叔牙と管仲⑪」

 気の毒であったのは、魯国で、長い国境線で斉と接していた。魯は何度戦っても斉に勝てなかった。その連戦連敗の将軍が曹沫であった。それでも魯の荘公は曹沫を首にしなかった。曹沫はこの知遇にどう応えたらいいのか、考えに考え抜いていた。

 紀元前681年にも斉と魯は戦いがあり、魯は負けた。その賠償として、遂の地の割譲を申し出た。魯の荘公は空を仰ぎ、涙をのんで、講和の会議に向かった。曹沫も随行した。

講和の盟は壇を築いて行なわれる。

 その作法は、牛を殺してその左耳を盤に盛り、その血で誓約のことばを書き、神明に告げたあと、その血を啜って読み上げる。魯の荘公がまさに盟を行なおうとしたときに、曹沫は壇に駆け上り、斉の桓公に飛びかかった。

 曹沫は左手で桓公の襟をとらえ、右手には匕首が桓公の胸元につきつけられていた。曹沫はしずかに言った。

「斉は大国。魯は小国。これまで、大国の侵略を受けて、城壁は崩れ、国境線は侵食されてぎりぎりのところに来ています。どうぞ奪った土地をお返し願いたい」

斉の家臣たちもどうすることも出来ない。下手に動けば、主人の命が危ない。

「わかった」と桓公も答える以外になかった。

「では、その盟をここで誓っていただきましょう」と、曹沫は言った。

盟が終わると、曹沫は匕首を捨て、何事もなかったように席に坐った。

桓公は憤り、「奪った土地から兵を引くな。脅しによる盟約は無効だぞ」

と命じた。

このとき、管仲は

「それはいけません」と言った。

「なぜいけないのか」

「小さな土地ではありませんか。そのために諸侯の信用を失っては、何もなりません」

桓公は、しばらく考えたのちに

「わかった。兵を引け」

と改めた。

 

0 件のコメント: