2009年6月10日水曜日

タイタニック号、最後の生存者が死去

 1912年4月14日深夜に乗客乗員約2200人を乗せたタイタニック号が氷山と衝突し、翌15日午前2時20分沈没しました。犠牲者は約1500人。助かったのは、老人や幼い子供ら700人ほどでした。その最後の生存者が、5月31日97歳で亡くなりました。ミルビナ・デイーンさんです。彼女は、1912年2月2日生まれでしたので、沈没時、生後2カ月でした。ロンドン生まれで、米国カンザス州への移住を決意しての乗船でした。沈没で、父親は死亡し、母親と兄のみが救助されました。父親は、タイタ二ック号が氷山にぶつかったときに、いち早く家族をつれて客室を出ました。それで、助かりましたが、多くの人が、タイタニック号は沈むはずがないと信じ、客室に残ったために船と運命を共にしました。デイーンさんは、その後、タイタニック号の出港地であったサウサンプトンで暮らし、結婚もせずに秘書で生計を立てていました。06年からは、地元の老人ホームに入っていましたが、生活費を工面のために救助後に米市民から送られたスーツケースなどをオークションにかけたところ、デイーンさんの望んだ金額の約10倍の3万1150ポンドが集まったそうです。2007年には、沈没時、生後10ヶ月であった英国人のバーバラ・ジョイス・ディントンが亡くなっています。95歳でした。
 事故の記憶を持つ最後の生存者であったリリアン・アスプルンドさんは、2006年5月6日に99歳で米マサチューセッツ州の自宅で亡くなっています。彼女は、一緒に生き延びた母親の教えを守り、事故についてメデイアについて語ったことはほとんどありませんでした。彼女も生存者がほとんどいなかったとされる三等船室にいました。異変に気づいた父親のカールさんの機転で母親のセルマさん、弟のフェリックスさんとともに甲板に素早く逃げ、間一髪で救命ボートに乗り組むことが出来ました。父親は、「先に行け、あとで行くから」と妻子を笑顔で見送りました。三人の兄たちもタイタニックと運命を共にしました。父親を最後に見たのは、沈んでいく船に乗ったままの姿でした。てすりの間から見た、その光景は脳裏から消えることはなかったそうです。リリアンさんは、一度だけインタビューに応じ、事故の記憶に苦しんでいることを打ち明けました。83年に亡くなった弟と同様に独身を通しました。
 不思議に事故のあと生存した3人は、いずれも長生きをしました。事故で亡くなった人の分も生きたのでしょうか。中国には、「大難不死 必有後福」という諺があります。この諺がこの場合、合っていないかも分かりませんが、大難のあとには、必ず福が来ると思いたいものです。

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