2014年7月30日水曜日

「死者の網膜犯人像(2)」

 女の声で「主人が殺されています」という一報が、警察に入ります。 

 110番は、通報者から、犯行が行なわれた場所を確認します。

 「眼を開けていますか」
 
 「開けています。怖くて瞼を撫でおろせません」
  
「そのままにして、触れないでください。あたまの上に、毛布をふわりと掛けてください」

 「すぐに係官が行きます」

  先頭に立った係長が、門柱の中で佇んでいる女に警察手帳を示しました。

「すぐにご主人のところに」と案内させます。

女は家に上がり、階段の上をさしました。

係長は、大きくうなずくと、かなり古くなっている階段に一段ずつ白い布を置かせました。

死者の顔には、毛布がかけてあった。殺された男は眼を見開いているから、死の瞬間以後の網膜に、余計なシーンが入っては困るのである。

「早く、ホルマリン液を!」

鑑識課員が死者の側面に這って近づき、自分はのぞかないで、毛布の下から、用意したホルマリン液を二つ眼球に注射した。

 ホルマリン液は、網膜映像をその状態のままで固定させる。

 死者の顔は溢血していた。

 頸部に索条溝痕が痣の輪のように付いていた。かなり深い。

 鑑識課員が膝、足の関節に手を当てて、調べたが、まだ死後硬直は起こっていなかった。

 係長は妻の好江に悔やみをのべたあと事務的に云った。

「ご主人のご遺体は司法解剖のあと、お宅へお戻しします。多分、明日の夕刻になると思います」

救急車で運ばれる夫の遺体を門前で見送った好江が戻ってきた。

  入ってきた好江を見て、一瞬、化粧をしてきたのかと思ったが、化粧のあとはなかった。涙で洗い流されていた。好江は若かった。

 

0 件のコメント: