2012年1月6日金曜日

佐野眞一の津波と原発(40)

 ――メデイアー対策もすごかったんでしょうね。

「福島原発内に電力番記者のためのデスクがあるんです。東電の女の子がお茶をサービスしたりしていました。記者が最初に挨拶回りにいくと、高級腕時計やモンブラン、ペリカンなどの外国製万年筆をあげていましたね」

彼らの狙いが、本のタイトルから“東電”を外してもらうことにあることは明らかだった。

朝日新聞はあの事件が起きたとき、最初の被害者の肩書きを「東電OL」と明記していた。だが、その後「東電OL」と表記するようになった。

双葉、大熊のいわゆる“原発銀座”は文化の空白地帯だと感じました。南のいわき市は大商業都市だし、北の相馬には野馬追いなど分厚い文化の蓄積がる。一緒に原発地区を案内してくれた地元の町議が、「ここらあたりは気候がいいんで、みんな南洋の人間みてえなんだ。ハングリーじゃねぇから、ろくな相撲取りもでねぇ」と言っていたのがとても印象的でした。

 ――福島第一原発事故はまったく収束のメドさえついていません。この状況をどう思いますか。

「飛行機でいえば、ダッチロール状態です。どっちに向かって、どう進んで行ったらいいか、誰にもわからない状態です。原発というのは要するに、運転しているときが、つまり動いているときが一番安全なんです。逆にいえば、止めた後が大変なんです。

原発は無限成長という絶対にあり得ない神話をつくりだしたのである。結果的にいえば、その神話にほとんどの日本人は踊らされたことになる。

同じエネルギー産業に従事しながら、炭鉱労働者には「炭坑節」が生まれたのに、原発労働者に「原発音頭」が生まれなかった。これはなぜだと思いますか。

「彼らは危険だということがわかりながら、自分を騙しているようなところがあって、その負い目が差別性につながっているような気がしますね」

原発労働者と炭鉱労働者のこの差異はどこにあるんだろう。

「炭鉱労働者が感じる危険さは、漁師が感じる危険さに似ていると思います。誇れる危険さというのかな」

0 件のコメント: